この「ヘイル」の危険度を、多角的に考察してみよう。まずは性能面について軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏に話を聞いた。
「私は複数の理由で、ヘイルは現時点では日本の脅威になりえないと思います。まずは射程の短さ。今回の実験での潜航距離は約600キロメートルでしたから、これでは北朝鮮から日本まで届きません。電池式だから長距離攻撃に向いておらず、あくまで韓国向けの兵器なんです。もう1つは遅すぎること。今のところ潜航速度は自転車ぐらいのスピードだそうです。これは攻撃兵器としては悠長すぎる」
こうした低性能が、そのまま脅威になりえない3つ目の理由につながるという。
「迎撃ができるからです。仮に日本への攻撃に使われるとしたら、核戦争が起こっている中で、日本海の真ん中くらいまでヘイルを輸送してそこから沿岸を狙う、ということになるのでしょう。しかし、それでも日本に着くまで2日以上かかる。状況的に放置しておくことはありえませんからね」(黒井氏)
また、自然災害科学を専門とする立命館大学環太平洋文明研究センターの高橋学特任教授も、黒井氏の意見にこう付け加える。
「21世紀段階において、核爆発のような人工的な要因で地震を誘発したり、発生を早めたりすることはほぼ不可能と言っていいでしょう。いかに最新の強力な核爆弾だったとしても、地震発生時のエネルギー放出量には遠く及びません。例えが適当かどうかはさておいて、1匹の蚊がゾウの血を吸っても、ゾウにはなんら影響はない。それくらい圧倒的な差があります。それは津波に関しても同様。一定の範囲に数十メートルの高さで津波を起こそうとするには、莫大なエネルギーが必要なんです」
つまり現時点では、核弾頭の大小にかかわらず、自然災害に見せかけた攻撃を生み出せる兵器は、まだこの世には存在しえないということになる。
「唯一影響を与えうるとすれば、今まさに海側と陸側のプレートがズレて地震が起きようとしている地点に、ピンポイントで爆発を起こすこと。それなら、わずかながら発生が早まることは考えられます。人間でいう鍼治療のハリのようなものですね。ですが、そんな場所を特定する技術は、今のところありません」(高橋氏)
北朝鮮のニュースを発信するインターネット新聞「デイリーNKジャパン」の編集長・高英起氏は、北朝鮮と金正恩総書記の抱える動機の面から推察する。
「北朝鮮が日本海に向けてミサイルをバンバン撃つせいで、日本マスコミは過敏に反応してはいますが、あれは日本海側にしか発射できないからですよ。とにかく金正恩の頭の中は、アメリカと韓国との関係をどうするか、ということだけ。日本だけを狙ってどうこうするとは、これまでにも言ったことはないんです。もちろん日本には米軍基地がありますし、核戦争にでもなれば結果的に米韓の次に標的になることもあるでしょうが、今すぐ新兵器で日本に津波を、なんてことにはならないでしょう」
確かに、北朝鮮の北と西には友好国の中国が、南には1発でも着弾すれば直ちに戦火待ったなしの韓国がある。そう考えると、東にしか撃てないのは道理だ。つまり我々は、ヘイルも50㍍級の津波も、そして大地震についてもひとまずは警戒しなくていいということだろうか。
だが、安堵してばかりはいられないという。それはなぜなのか─。
(つづく)