凶悪な犯罪者も脳裏に刻まれるが、どこかクスッと笑える珍事件に巻き込まれた男たちもまた、忘れがたい。あなたはいくつ覚えているだろうか─。
92年11月23日琵琶湖畔、ピアノ調律師の鈴木嘉和さんは、ヘリウム入りの風船を多数つけたゴンドラ「ファンタジー号」に乗った。当時52歳であった。
あくまで試験飛行と思われていたが、上空で係留していたロープを外し「アメリカに行ってきます」と叫んだ。これが「風船おじさん」の最後の姿となった。
その後、しばらくは家族と携帯電話で連絡を取っていたが、ほどなくして無線を含めて音信不通となる。戸籍上は今も「失踪」のままだが、待ちわびた夫人は16年に再婚し、17年にガンで亡くなった。
はたして、念願のアメリカに到着したのかどうかは、永遠にファンタジーのままである。
80年4月25日、金物会社のトラック運転手だった大貫久男さん(享年62)の名が、日本中に知れ渡った。銀座で1億円が入った風呂敷包みを拾い、警察に届けたが、国民の関心は落とし主が現れるかどうかだった。結果、6カ月たっても現れず、大貫さんに所有権が渡る。
一時所得のため、約3400万円の所得税を納入することになるが、一躍「1億円を拾った男」として時の人に。
ただし、個人情報に寛容な時代のことであり、脅迫まで受けた大貫さんは自費で警備員を雇ったり、勤めていた会社も辞めた。一方でバラエティー番組に引っ張りだことなり一大ブームに。
現在、吉本興業で「夫婦のじかん」というコンビを組む大貫幹枝は、その名のとおり大貫さんの孫。コンビでの芸名も「大貫さん」で通している。
5歳の頃は存命の大貫さんと交流もあり、こんなことを言っていたという。
「1億円あげようか」
「ちょうだい、ちょうだい」
すると、そのへんにあるゴミを拾って「はい、1億円」と渡したそうだ。
まさか、本当に1億円を拾っていたとは、大人になるまで信じられなかったという。ちなみに現在、4月25日を「拾得物の日」と定めているのは、もちろん大貫さんが由来である。
さて、北京五輪は白熱の戦いが続くが「金メダルを落とした男」として本業以上に有名になったのが、ソウル五輪・レスリングフリースタイル48キロ級で頂点に立った小林孝至(58)だ。
88年のソウル五輪から凱旋帰国し、10月29日に足利工大付属高レスリング部のパーティーに招かれ、その帰り道で電話ボックスに金メダルが入ったバッグを忘れてしまう。
幸い、すぐに届けられたため紛失は免れ、小林はこんな珍言を残す。
「金メダルを2度もらったようなものです」
これで知名度を上げた小林は、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ系)などにもたびたび出演し、茶の間の人気が上昇。これを見てファンになった女性と結婚式を挙げるなど、金メダルを3度もらうような幸運が舞い込んできたのだった。
余談だが、昨年、物議を醸した河村たかし名古屋市長の「メダル嚙み」は、同番組で高田純次が嚙みついたことがルーツとされている。高田は、番組収録でもないのに小林の結婚式にサプライズ出席し、本人をいたく感激させている。
■若人あきらが「熱海失踪事件」の真相を語った動画
現在は「我修院達也」の名で声優としても活躍するのが、ものまね芸人だった若人あきら(71)。眉毛を太く描いて郷ひろみのものまねを得意としていたが、91年3月3日に熱海の防波堤で釣りをしている最中、行方不明になったことで、ワイドショーがざわついた。
それから3日間、消えた若人の行方を警察もテレビ局も必死に追ったが、3月6日に小田原市で記憶喪失の状態で発見される。
「何がわからないのか、わからないんですよ」
レポーターに囲まれた若人は、なんとも反応に困るコメントを繰り返した。
その後、事件のダメージから若人あきらの名を捨て、93年に現在の我修院達也に改名。以降も沈黙を守ってきたが、昨年9月、自身のユーチューブチャンネルで「本人が語る熱海失踪事件の真相」のタイトルでの配信があった。
芸能界の7不思議事件とまで呼ばれた騒動の謎解きとなるのか期待されたが、音声自粛のピー音ばかりで、ほとんど期待に応えるものではなかったようだ。ちなみに、失踪直後に一部で言われた「北朝鮮拉致関与説」には、関係者が「あるわけない」と一笑に付している。
聴覚障害のある音楽家として脚光を浴びた佐村河内守(58)。NHKが特集番組を制作し、全国ツアーに回る、そんな栄光も14年に音楽家の新垣隆(51)が「佐村河内のほとんどの作品は自分がゴーストライターだった」と告発したことで終焉を迎えた。音楽家だけでなく、聴覚障害も程度の違いが露見する。
佐村河内は分譲マンションを手放すなどダメージは大きかったが、逆に新垣は誠実な性格や本来の音楽性の高さから、幅広いジャンルで活躍を続けている。
最後に、ビートたけしや太田光が「あれにはかなわない」と言った男が、元兵庫県議の野々村竜太郎氏(55)である。14年7月1日、政務活動費の不正使用を問われた会見で、こう繰り返す。
「この世の中を‥‥、この世の中を‥‥変えたい、その一心で! 文字通り‥‥、命懸けでー! あなたにはわからんでしょうね」
時おり耳に手を当てながら、涙声で絶叫に次ぐ絶叫を重ねる。ただし、視聴者にとっては「何度見てもおもしろい」とギャグにしか映らなかった。
もちろん、不祥事を受けて議員を辞職し、以来、二度と人前に姿をさらすことはない‥‥。
*「週刊アサヒ芸能」2月17日号より。あの「ニュースの主役」を大追跡【4】につづく