激辛好きでも完食が難しいといわれている、東京・原宿にある老舗中華料理店・東坡(トンポー)の麻婆豆腐。訪れた客は異口同音に「これほど辛い麻婆豆腐は食べたことがない」と漏らすほど、その辛さは今や伝説となっている。
ところが、36年前のオープン時はそれほど辛くはなかった。中国・大連出身の店主、諏訪漢宙氏によると、常連客からより辛い麻婆豆腐をリクエストされるようになり、少しずつ辛くしていった結果、約20年前に今の味になったという。
辛さの秘密は調味料の激辛ラー油、調理の過程で投入される一味唐辛子、そして仕上げにこれでもかと振りかけられる大量の花椒(ホアジャオ)だ。材料を聞くだけで汗が出てきそうだが、化学調味料は一切使用せず、ラー油も手作り。意外とヘルシーである。しかも、辛さやしびれだけでなく、うま味がたっぷり感じられるのが、こちらの麻婆豆腐の特徴。
「うま味を出すために、鶏ガラのスープを使っています。実は、2年前に中国に一時帰国した際、有名店の麻婆豆腐を食べ歩きました。辛さやしびれはありましたが、うま味がなかった。麻婆豆腐はいくら辛くても、うま味がなければ単調な味になってしまいます」(諏訪氏)
実際、食べてみると、確かに辛くてしびれる。ひと口、ふた口、食べただけでも額から汗があふれ出てきた。ときどき、むせてしまうが、それでもレンゲを持つ手は止まらない。うまい、のだ。
ただ、辛いもの好きにはたまらないが、刺激が強くて空腹時ではきついかもしれない。そこで、以前は単品で注文できたが、今では麻婆豆腐コース(5900円・税別)でしか、麻婆豆腐を食べられない。コースは季節のサラダと一品料理、麻婆豆腐のラインナップ。高く感じるかもしれないが、料理はどれも素材、調理法にこだわりがあり、食べてみると、納得の価格。
「実は、コース料理にしたのは、もう1つ理由があります。空腹で来たお客様が、辛すぎて食べられないといって怒りだし、お金を払ってくれなかったのです。これではまずいと思い、コース料理にし、まずはほかの料理で胃袋に膜を張ってもらってから麻婆豆腐を食べてもらうようにしました。そうすれば、胃腸への刺激も緩和しますからね」(諏訪氏)
その辛さ、やはり、ただ者ではなかった。
(石田英明)