池上彰「チャットGPTは便利だが大変危険」/混迷の時代を知る5冊(2)

池上 次の「ロシア・サイバー侵略」(作品社)は、ロシアがいかに様々な国に対してサイバー攻撃をしてきたかということが書いてあります。

 ウクライナに対するロシアの戦争は、14年のクリミア併合から始まっています。当時、ウクライナ国境付近にロシア軍の正規部隊が展開していました。そこで司令部は、兵士たちに突如として「休暇」を与え、元ロシア軍兵士とし、作戦を遂行させるわけです。もちろんこれは、捕まって捕虜になっても元ロシア兵と言い訳をするためです。その一方で、ロシア軍は電力網などにサイバー攻撃を仕掛け、ウクライナは大混乱に陥ったわけです。その後、ウクライナ政府は、米政府やIT企業の支援を受け、ロシアのサイバー攻撃に対抗する体制を整えました。そのおかげで、昨年2月にロシアが特別軍事作戦でウクライナに侵攻した際に、サイバー攻撃をほぼ完璧にはね返すことができたわけです。

─まさに、備えあれば憂いなしですね。

池上 もちろん、ロシアはアメリカに対しても頻繁にサイバー攻撃をしています。16年の大統領選で、トランプが当選したのもこのサイバー攻撃があったからでした。

 この時は民主党の全国委員会のサーバーがハッキングされ、メールなどのデータがごっそり盗み出されました。そして、毎週のように告発サイト・ウィキリークスでその中身が暴露されたわけです。あるいはSNSの偽のアカウントが大量にでき、対立するヒラリー候補を批判するわけです。これがロシアのサイバー攻撃だったことはわかっています。ロシアのサイバー攻撃能力は極めて高く、フィリピンで捕まった特殊詐欺グループが使った「テレグラム」というソフトもロシア製でした。

─日本は大丈夫なのでしょうか?

池上 それなんですが、東京オリンピックで、日本の五輪組織委員会はロシアから攻撃を受けていました。日本は全然気づかなかったのですが、アメリカやイギリスから指摘されて知りました。なにしろ、日本はUSBメモリーも知らないおじいちゃんが担当大臣をしていた国ですから、レベルが違いすぎますよね。

 ところで、今ビジネスの世界でSF小説が大ブームになっているということをご存じですか?

─えっ、SF好きの人が読むものだとばかり‥‥。

池上 いえいえ、それは昭和の話です。今、多くの企業で新規事業や、企画総務の担当者は一生懸命SFを読んでいます。というわけで次は「SF超入門」(ダイヤモンド社)です。

 そもそもSF小説は20年後、30年後、未来の社会はどんなふうになっているかということを描いているわけですよね。ロボットやAI、昨年の新語・流行語にも選ばれた「メタバース(仮想空間)」は、SFの世界では、はるか昔から描かれていました。

 つまり、SFを読めば、未来の世界がどうなっているか推測できるわけですよ。例えば、企業がSF作家に、50年後の日本社会がどうなっているか書いてくださいと頼むわけです。すると、将来どんな技術、商品、サービスが求められるのかがわかる。そこに向かって、どんなビジネスを展開すればいいのか、ということが見通せるわけです。今、話題の「チャットGPT」にしても、SFでは何十年も前から描かれていました。今、まさに現実がSF小説の通りになりつつあるというわけですよ。

─そうだったんですね。

池上 ただ、一方で「チャットGPT」に関しては、著作権違反の疑いが問題になっています。「チャットGPT」は、世界中のあらゆるネットから情報を集めてくるわけですが、同時に我々の質問を学んでいます。例えば、ある企業が独自開発の商品のために使うと、チャットGPTは、その質問を自分のものにしてしまう。次に、ライバル企業が同じような質問をすると、その答えを結果的に教えてしまうわけです。

─もはや産業スパイもいらなくなるわけですね。

池上 今「チャットGPT」は猛烈な勢いで学習しています。便利ですが大変危険だと知っておいてください。この本は、エンターテインメントとして読みながら、ビジネスでも役立つ、まさに一石二鳥だと思いますね。

池上彰(いけがみ・あきら):1950年長野県生まれ。1973年にNHK入局。現在はフリージャーナリストとして多方面で活躍。名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授などを務め、大学で教える。「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)など著書多数。

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