学ぼうと思えば、それを提供してくれる場が山ほどあるのがマルチ商法だ。しかも、そこには仲間がいる。ともに学び、ともに励まし、ともに喜ぶことができる。
当時の私はそう信じて疑わなかった。
知識欲や成長欲が高い人は、こうした学び場に居心地のよさを感じるかもしれない。
3つ目は、「自己評価の低い人」。
1つ目の「今の自分に満足できていない人」と矛盾するようだが、私はセットだと思う。
「本当の自分はこんなもんじゃない」
と息巻く一方で、
「どうせ自分なんて」
と自信がなくなってくる。強気と弱気はつねに心の中で拮抗しているものだ。
私は、「成功できるはず」という無根拠の強気に背中を押されてマルチ商法の世界に入った。努力が実を結び、成功を収めることができた。しかし、心のどこかでいつも弱気の虫を飼っていた。
そんな私を支えてくれたのが周囲の「いいね」だった。
アップライン(自分の上の人)に褒められる。傘下に尊敬される。傘下を褒める。アップラインを称揚する。上から下へ、下から上へ。そこら中に「いいね」が溢れていた。しかもその「いいね」はわりと本気だ。それもそのはず、傘下の頑張りは自分の収入増に繋がるのだから。彼らの売り上げの一部は、権利収入という形で自分の懐に入ってくる。だから自然と「いいね」に熱が入る。
不思議なもので、こうした関係を続けていくと嘘が真になった。受け取ったのは収入増を目論んだかりそめの「いいね」だとわかっているのに、本気の「いいね」だと勘違いするようになる。逆もまたしかり。自分を豊かにするための方便が、いつしか真摯な応援に変わっている。
みんなが認め合う。なんて素晴らしい世界なんだ!
気づけば弱気の虫はなりをひそめ、私は承認欲求地獄にどっぷりはまり込んでいた。
■クラブのヘルプで借金返済
みんなに認められる自分でいたい。
この思いばかりが先行して、借金は増加の一途を辿っていた。アップラインに「さすが西尾ちゃん」と褒められるたびに、足りない自分の売り上げを自腹で補填した。ダウンライン(傘下メンバー)から「さすが潤さん」と尊敬されるたびに、彼らの足りない売り上げを補填すべくお金を貸した。それらはすべて借金で賄っていた。銀行系だけでは追いつかず、サラ金、マチ金にも手を出した。
結果、自転車操業していた返済も回らなくなり、目の前の数万円を頼るつもりで両親に相談したことを発端にすべてが露見した。
「全部の借金、いまここで隠さずに書き出しなさい!」
激怒する両親に促され、書き出した総額は700万円。いま思えば、22歳の若者がよく借りられたものだと思う。高金利の350万円は親に借りて即返済。今後いっさいマルチには手を出さないことを約束させられた。昼間の定職についた。夜は北新地のクラブで接客のヘルプをし、3年半後、ようやく銀行・信販会社・親へのすべての借金を返済することができた。
私はマルチ商法、すなわちネットワークビジネスの危険性に警鐘を鳴らしたいわけではない。日本の法律においては合法の販売システムであり、良心的にビジネスを進めている会社はたくさんある。
このような事態に陥ったのは自己責任だ。若さと無知で突っ走り、親に多大なる迷惑をかけた。19歳の自分に会えるのならば、ぶん殴って目を覚まさせたい。
でも、これって私だけの特殊事例なのだろうか。
自分に満足できていない人、勉強熱心な人、自己評価の低い人はそこら中にいるのではないだろうか。
そんな思いで、私は実体験をもとに『マルチの子』(徳間書店)を書いた。これは私だけの物語ではない。きっと、あなたの物語でもあるのだ。
(著者プロフィール)
大阪府出身。ヘアメイク、スタイリスト。2018年「愚か者の身分」で第二回大藪春彦新人賞を受賞。受賞作を含む『愚か者の身分』でデビュー。20歳でマルチ商法の世界に入り、最年少で高ランク保持者に。月収150万円を超えるが、結果700万円の借金を抱える生活に転落。その後、マルチ商法を離れて美容の世界へ入り、ヘアメイク、及び映画やドラマの衣装担当として数々の有名人と仕事を共にする。当時の体験が『マルチの子』の元ネタとなった。
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