世界的にも大きなニュースが入ってきた。『松尾国男大使の華麗なる半生』は今回休載し、こちらのテーマを扱わせていただく。
5月8日、カトリック教会の最高指導者かつバチカン市国元首である第267代教皇にアメリカ出身ロバート・フランシス・プレボスト枢機卿(69)が選出された。教皇名はレオ14世になった。
2000年以上存続してきたカトリック教会は、生き残るための知恵に長けている。教皇を選出する際にも、国際政治を睨み、どうすれば教会の影響を極大化できるかを考える。1978年に当時社会主義国だったポーランド出身のカロル・ボイティワ枢機卿が第264代教皇に選出された。イタリア出身以外の教皇が選出されたのは455年振りのことだった。
教皇はヨハネ=パウロ2世と名乗った。ポーランド国内で社会主義政権に異議申立をしていた自主管理労組「連帯」をヨハネ=パウロ2世は積極的に支援し、社会主義体制を内側から崩していった。教義的には、保守的立場を採り、リベラルな立場を表明し、共産主義に融和的な神学者を抑圧した。
1985年にゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長に就任すると、ヨハネ=パウロ2世はソ連との関係改善に尽力した。その影響もあり、1988年にロシアへのキリスト教宣教1000年祭の機にソ連は宗教政策を大幅に緩和した。その結果、マルクス・レーニン主義イデオロギーの影響が急速に弱まり、1991年12月のソ連崩壊につながった。
カトリック教会には、教皇不可謬性という教義がある。教皇が信仰並びに道徳について出した指令は、過ちから免れるという教義だ。平たく言い換えると教義と道徳に関してカトリック教徒は教皇の言うことに服従せよという意味だ。道徳に関する指令を通じて、教皇は現実の政治に影響を与えることができる。
今回、バチカンがアメリカ出身者を教皇に選出したのは、トランプ米大統領により国際秩序が激しく変化しつつあることを念頭に置いているからと筆者は見ている。トランプ氏は、世俗化された形態であるが、長老派(カルバン派)の影響を強く受けたプロテスタントのキリスト教徒だ。また、イスラエルを宗教的観点から重視するクリスチャン・シオニズムや進化論を否定する根本主義者(ファンダメンタリスト)にもトランプ氏は共感を抱いている。レオ14世は、こういうトランプ氏の内在的論理やアメリカの宗教事情を皮膚感覚で理解できる。トランプ氏との軋轢を避け、カトリック教会を守るという観点から最適の教皇だ。
もっとも、トランプ氏は、性別は男と女しかいないと主張し、LGBTQ+とは距離を置いている。また人工中絶に対しても消極的だ。そして、家族を重視する。このあたりの価値観はカトリック教会の主流派と共通している。またロシア・ウクライナ戦争に関しても、速やかな停戦が必要という点でトランプ氏とレオ14世の立場は近い。従って、近未来に道徳の問題をめぐってカトリック教会とトランプ米政権が軋轢を引き起こす可能性は低いと筆者は見ている。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。