ニッポンの土地「誰のものだったのか」大研究(4)今も残る「荘園」用語の基礎知識

「泣く子と地頭には勝てぬ」

 広辞苑には〈道理をもって争っても勝ち目のないことにいう。泣く子のききわけのないことを、鎌倉時代の地頭の横暴なことにかけていったもの〉とある。

 地頭とは、平安・鎌倉時代の荘園を管理して税金を取り立てる役人のことで、権力者や道理の通じない相手には、黙って従うしかないという時に使われることわざだ。

 当時の農民が地頭にどんな理不尽なことをされていたのかがわかる逸話がある。紀伊国(和歌山県)阿氐河荘の農民が荘園領主に訴えた百姓訴状にその記録がある。同地の地頭・湯浅宗親は、農民を強引に徴発しようとした時、それに農民が抵抗するとその妻子に対して、「耳を切り、鼻を削ぎ、髪を切って、尼にしてしまうぞ」などと脅したという。さらに家長を斬り捨てて、その妻や子を奴隷にして家財を略奪したとの記録もある。

「年貢の納め時」

 もまた、本来の意味は、荘園の管理をする武士などが、年貢を納めなかった時に生まれた言葉だったようだ。悪事を続けた者が罪に服すべき時が来たことを年貢にたとえたものだが、現在ではある物事をあきらめる時が来たという意味に転じて、独身を続けてきた男性が結婚を決意した時に「君もとうとう年貢の納め時が来たようだね」などと、むしろ慶事に使われることもあるようだ。

「一所懸命」

 武士が主君から賜った一カ所の領地を命がけで守ること。現在では、命がけで懸命に事にあたる「一生懸命」と同じ意味として使われている。

「本領安堵」

 幕府や領主が武士の元々の領地を認め保証すること。本領は「本来の得意とする領域」という意味に転じて、「本領発揮」などと使われる。安堵は心配ごとがなくなって安心するという意味で、今に残る「土地」由来の言葉なのである。

*週刊アサヒ芸能12月8日号掲載

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