怖かったのは自然災害です。2月に、石川の漁港でヒラメの中継をしたんです。ところが、中継直前になって黒雲がモクモク。ハリケーンに襲われたんです。慌てて中継車に避難しましたが、もう海に落っこちそうなほどの横揺れでした。かろうじて中継時には嵐が過ぎ去ったんですが、用意していたテントはボロボロ、大皿にズラッと並べていたヒラメのお造りもほとんどがスッ飛んでしまっていました。仕方なしに放送で、ほんのちょびっとだけ残った水浸しのヒラメの刺身をいただきましたよ。「う〜ん、水っぽいヒラメです〜」って。
半分腰が抜けそうになったのは、橋からの中継でした。ちょうど広島の尾道からしまなみ海道へ続く橋が建設中で、「キャットウォーク」という橋を架ける前のワイヤーの空中足場を渡ることになったんです。足場と言っても風の抵抗を受けない針金みたいな細さで、スッカスカ。しかも高さ150メートルくらいの所から45度下に垂れ下がっている。スタッフからは「行けるところまで行ってください」って言われたけど、あまりの怖さに腰が固まってまったく動けませんでしたよ。
レンコン掘りでの泥田落ちは台本通りかって? いやいや、あれは台本には書いてないです。ただスタッフから「ラッシャーさん、今回も着替えは用意してあります」って説明されて。音声さんもマイクを付けてくれないし、これは行けという合図なんだろうと、思い切りコケてましたよ。
レンコン掘りの中継は比較的暖かい時期にやってもらいましたので、それは助かりました。でも、レンコンの旬は寒さで甘味が増す冬なんです。というわけで2月の宮城でもレンコン中継をやりました。気温はマイナス2度。田んぼに氷が張っていることもあり、スタッフは「ラッシャーさん、今日はさすがに大丈夫です。でも、着替えはありますから」って。おい、どっちだよ! 結局、リハーサル中に共演する女子アナが尻餅ついちゃったので、俺もやるよ〜って。もうマイナス2度の泥田は寒いどころか、電気ショックを受けたような瞬間冷凍で、体がカチンコチンに固まりました。おかげで、その後の食レポは体が冷え切ってレンコンの味がしなかった。
生き物だって怖かったですよ。秋田のクマ牧場で生後3カ月の赤ちゃんグマを紹介したんですけど、これがまた凶暴で参りました。抱っこしていたら、エサだと思ったのか、いきなりガブッと噛みついてきたんです。パッと見たら、小指から血がダラダラ噴き出してくる。慌てて手を後ろに回して、ハンカチでグルグル巻きにして。生放送で流血を映すわけにいかないですからね。
函館ではイカと戦いましたよ。名物「イカの踊り食い」のレポートで、アーンと口を開けて頭から丸かじりしようとしたんです。ところが、ちょうどイカの口が真正面に来て僕の唇をガブって食われて、イテテテ。
神田さんには「イカの復讐だ」って言われちゃいましたが、後で聞いたら板前さんが僕のために活きのいいイカを食べさせようと、クチバシを取らなかったみたいなんです。その昔、熱川バナナワニ園の飼育員さんから聞いた「ワニはかわいいけど、バカなんだ。エサやっても最後には俺を食べようとするんだ」という言葉を思い出しました。
*ラッシャー板前「旅サラダ」25年の事件簿【3】につづく