倉木麻衣父“倉木パパ”こと山前五十洋さん逝く「麻衣に会いたい」の言葉残し

 歌手・倉木麻衣の実父で、業界では“倉木パパ”の愛称で呼ばれた映画監督・山前五十洋(やまさき・いそみ)さんが4月5日の朝に亡くなっていたことが本サイトの取材で明らかになった。享年76。死因は心不全だという。

 死の直前まで親交のあった芸能関係者が語る。

「かつてはCM制作会社を経営し、広告業界の第一線で活躍した山前さんですが、近年は心臓の病気を患って、命に関わる大手術を受けたことも……。晩年は、現役バリバリだった往時の面影がないほど、げっそりとやせ細っていました。それでも映像制作にかける思いは熱く、70代になっても旺盛に映画作りを続けていましたね。劇場公開もされた『三匹のおばちゃん刑事』は傑作でしたよ」

 1999年に倉木麻衣が歌手デビューを果たし、翌年にはシングル「Love, Day After Tomorrow」がミリオンを記録。一躍脚光を浴びると、山前さんもまた「お騒がせパパ」としてメディアに取り上げられることとなる。

「2000年に発表した著書が『暴露本で娘を商売の道具にするなんて』と叩かれたこともありました。また、倉木麻衣とソックリのセクシー女優を売り出そうとした“疑惑”がスポーツ新聞で報じられると、世間から猛バッシングを浴びたものです」(芸能記者)

 ニッポンの芸能史上「最低の父親」と揶揄された山前さんだが、この“セクシー女優騒動”については、山前さんが心臓手術を受けた直後の2017年12月、本サイトの記者にこう語って、疑惑を完全否定していた。

「あれは嘘だよ。とあるレコード会社の幹部から『女性歌手をデビューさせたいから協力してくれ』って言われて、打ち合わせの場に行ったら、そこにはもう新聞社の記者がいて、勝手に写真をパシャパシャ撮られたんだ。その後、あんな大騒動になって本当にビックリしたよ。『プロデュース』なんて書かれたけど金は一銭も受け取ってないよ」

 前出の芸能関係者が言う。

「麻衣ちゃんが産まれたのは山前さんが40歳の時。CMプロデューサーの山前さんが3歳だった麻衣ちゃんを京都に連れて行ってカツラのCMに出演させたのは有名な話です。ただ、麻衣ちゃんのデビューが決まった頃から、山前さんはそのことすら知らされず、奥さんから突然、離婚を突きつけられてしまった。それから20年以上、麻衣ちゃんに会わせてもらえなかったんです。2017年に心臓の大手術を乗り越えられたのも、麻衣ちゃんが久しぶりに紅白歌合戦に出演するというので『絶対に紅白を観るんだ』って強い意思があったからかもしれませんね。会うたびに『麻衣に会いたい』と言ってましたよ」

 本サイトの記者も山前さんとはLINEで何度かやり取りをしていた。すでに山前さんのLINEアカウントは削除されていたが、山前さんからプレゼントされた「リアルに動く☆倉木麻衣スタンプ」は今もスマホに残っている。

 ご冥福をお祈りします。

(編集部)

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