青森・津軽には、こんな伝説がある。遠い遠い昔、全国を巡礼中のお坊さんが、津軽のある村で寒さと空腹のために行き倒れになった。が、それを発見した村人たちが献身的に看病したかいもあって、お坊さんは元気を取り戻した——。
そのお礼に、お坊さんは地元の子供に学問を教え、村人の悩みを聞いて解決し、適切な助言を与えたりもした。
悩みの中で最も多かったのが、健康のこと。特に「沈黙の臓器」と呼ばれる肝臓の病についてだった。なかなか自覚症状がないのに、いざ発症したら取り返しがつかない‥‥そんな事態になりかねないからだ。
そこでお坊さんは、地元の十三湖で獲ったシジミの貝殻を焼き、肝臓病に苦しむ人たちに煎じて飲ませた。するとたちまち、肝臓病特有の黄疸や体の疲れが取れてしまったとか。長い旅路で数多くの健康知識を身につけたお坊さんの、最高の恩返しだったのだ——。
この話を聞いて、ちょっと不思議に感じたところはないだろうか。
確かにシジミの身を煮出したシジミエキスには、タウリンやカルシウム、グリコーゲンやビタミン、それにオルニチンというアミノ酸までたっぷり含まれていることが、現代ではわかっている。肝機能を高め、二日酔いの予防や改善効果もあるといわれる。それを売り物にした健康関連食品も少なくない。しかし、なぜ「青森・十三湖のシジミ」とわざわざ特定するのか。しかも「焼いたシジミの貝殻が肝臓にいい」というのは本当なのか。地元関係者が説明するには、
「そもそもあのシジミは特別なのです。十三湖は白神山地から注ぐ岩木川が日本海と交わる五所川原市にありますが、要するに、ちょうど川の水と海の水が混ざる汽水湖なのですね。こういう場所はプランクトンや栄養塩類などの物質が集まりやすく、極めて栄養価の高いシジミが育つのです」
しかもその品種も、おいしさで知られる「大和シジミ」。おかげで、五所川原一帯は古くからシジミの名産地として知られているのだ。
あの太宰治が生まれた金木町も十三湖のすぐそばにあり、太宰の自伝的小説「津軽」の中にこのシジミが登場するほど。シジミラーメンから、シジミを使ったアイスクリームに至るまでが売られている、まさに土地を代表する特産品で、
「なにしろ、資源保護のために、シジミ漁の時期も1日の漁獲量も、細かいルールが決められているくらいですから。解禁は4月。水温が上昇し始める連休明けから漁は本格化して、夏場の産卵期に約1カ月の休みが入り、10月まで続きます」(地元関係者)
どれだけ地元の人が十三湖シジミを大切に感じているかがわかろうというもの。「焼いたシジミの貝殻」と肝機能との関連性も「シジミの里」だからこそ研究されてきたものなのだ。
地元の医療研究者が言う。
「もともとシジミの貝殻は利用されることもなく、廃棄処分にされていました。それを青森県産業技術センターや弘前大学医学部を含む産・官・学が手を組んだ共同研究の末、有効利用できるようにしたのです。この研究は平成16年度の東北地方発明表彰で、発明奨励賞を受賞しています」
研究を進めた結果、シジミの貝殻を高温で焼くと、炭酸カルシウム成分がカルサイトという結晶構造に変化することが判明。それがどうやら、弱った肝機能を改善する効果を生むことも。
実際に行ったのが、肝臓に機能障害を起こしたラット(実験用ネズミ)による実験だ。燃焼シジミ貝殻の粉末を1カ月、連日投与したラットとしなかったラットでは、前者だけが肝機能の悪化で上昇するGOT、GPT、γ-GTPの数値が著しく低下したという。つまりダメージを受けていた肝細胞が、燃焼シジミ貝殻によって改善されたわけだ。
併せてカルサイトには、肝細胞の増殖を促進する作用があることもわかった。これもラットによる実験を行い、培養した肝細胞の生存率を36時間後に測定。燃焼シジミ貝殻を投与したラットのほうが、投与しなかったものの3倍以上になっていたという。
それだけ、一度破壊された肝細胞を再生する力を持っているわけだ。
「日頃から飲みすぎで肝臓をいじめている人、健康診断の時にγ-GTPなどの値が高くて弱っている人などには、シジミの身だけでなくて、焼いた貝殻まで含めて摂取するのがいいんですね」(医療研究者)
それだけではない。燃焼シジミ貝殻には、免疫力をアップさせ、ウイルスなど外部からの侵入を阻止する働きもあるという。医療関係者によれば、
「NK細胞やマクロファージなど、免疫システムの中心となる細胞の情報伝達に大きく関与しているのが、サイトカインというたんぱく質です。これが働かないと免疫細胞が活性化されず、ウイルスなどに侵入されやすくなる」
弘前大学などの実験では、やはりラットに燃焼シジミ貝殻を投与すると、12日後にはサイトカインの活性化が約2倍になった、とのデータも出ている。
実験でわかったことがまだある。中性脂肪やコレステロールといった脂質に対する燃焼シジミ貝殻の作用を調べてみると、投与したラットはしなかったラットに比べて、中性脂肪も総コレステロール値も明らかに低い数値を示したのだ。脂肪肝のサポートには最適というわけである。
コロナショックで、忘年会や新年会がどれだけ行われるかはわからない。故郷に帰省しての、家族での宴会もないかもしれない。とはいえ、やはり年末年始は最も肝臓を酷使する。しかも燃焼シジミ貝殻には、そのコロナ禍に対抗すべく、免疫力強化も期待できる。
シジミを食らわば殻まで。それが屈指の産地の常識なのだった。