実害がないからと放置するのは愚の骨頂。何度も履いた穴開き靴下さながらに、穴の大きさはどんどん広がってしまうのである。
「鼠径ヘルニア」の病状が進行すると、痛みは耐えがたいものに変化していくことがある。
「より臓器が飛び出してしまいます。ひどくなると鼠径部の膨らみが硬く大きくなりすぎて、元に戻せなくなります。しばしば、歩くことや立ち上がることができなくなるほどの激痛に襲われるようになります」
この時点で「嵌頓(かんとん)」という危険な状態を引き起こしている可能性があるようで、
「鼠径部に生じた穴に腸などの臓器がハマッて、抜けなくなる状態です。こうなってしまうと非常にまずい。例えば、血管壁の薄い静脈が潰されてしまい、動脈から流れる血液が戻ってこなくなるケースもあります。動脈から送られてくる血液の行き場を失くすと、鬱血を引き起こしてしまう。さらに、腸が飛び出したままだと食物が通らなくなる『腸閉塞』になるので、そのまま悪化すると壊死して『腹膜炎』などの危険な状態になる可能性もあります」
そして腸や内臓脂肪などが鼠径管を通った先では、陰囊内に到達してしまうことも‥‥。
「陰囊が大きく腫れ上がります。もちろん、痛みを伴うこともあります」
治療方法は外科手術以外に選択肢がない。
「飛び出たものを元の位置に戻して、開いた穴をポリプロピレンなどの合成繊維で作られたメッシュで塞ぐ再建手術になります。臓器などを切除するわけではなく、修復する作業が必要なので、お医者さんによって上手下手があります。なるべく、年間の手術件数の多い専門クリニックを受診することをお勧めします。専門クリニックでは総合病院に比べても、手術までの順番待ちも短いと思います」
最もリスク因子が大きいのは「立ち仕事」と「力仕事」に従事している人。その理由は、
「例えば、小腸は仰向けでお腹を開くと、そのまま横にベロンと飛び出してしまうぐらい縦横無尽な内臓です。立ち仕事をしていると、重力によって小腸による腹圧が下方向に寄ってしまうのです。1日に6時間以上の立ち仕事だとリスクは高まります。また、力仕事で重い荷物を持つ場合も腹圧がかかりやすくなります。こちらは1日にトータルで4㌧以上の荷物を上げ下ろしするとリスクが高まります」
同様に、内臓脂肪型の肥満は腹圧を上げる原因の1つ。かといって、極端にやせ型の場合もよろしくない。
「学術的に証明されているわけではありませんが、食べた栄養素をうまく体作りに使えていない可能性があります。筋膜の構造などがもろくなりやすいと思われます」
初期症状に気づくシチュエーションはお風呂、トイレ、運動中など。心あたりのある人は鼠径部の違和感を見逃すべからず。
【「鼠径ヘルニア」セルフチェックシート】
以下の項目のいずれか1項目でも当てはまれば医療機関へGO!
・太ももの付け根に柔らかい膨らみ(ピンポン玉ほど)がある
・立って見下ろした時に右と左の鼠径部の膨らみに差がある
・過去に脱腸と言われたことがある
・立った時やお腹に力を入れた時に膨らみが大きくなる
・仰向けに寝たり、押し込んだりすると膨らみが平らになる
・脚の付け根に違和感がある
▼以下の項目に当てはまる人は予備軍の可能性アリ!
・1日に6時間以上の立ち仕事をしている
・1日にトータルで4トン以上の荷物を上げ下ろしする
・内臓脂肪型の肥満
・どんなに食べても太らない体質