夜明け前の住宅街に、怒号とクラクションが響き渡った。舞台となったのは、7月13日午前3時ごろのJR大宮駅近く。集まっていたのはおよそ300人の「撮り鉄」たちだ。彼らの狙いは、15年前に中央線から引退した通勤電車「201系」だった。
オレンジ色が印象的なこの車両は、かつて東京〜高尾間を走り、「中央線の顔」とも呼ばれた存在で、鉄道ファンにとっては垂涎の被写体だ。久々に車庫への回送で姿を見せるとの情報がネット上で拡散され、真夜中にもかかわらずファンが殺到した。
しかし、そこにあったのはノスタルジーや感動ではなく、混乱と怒号だった。列車が近づくと、興奮が頂点に達したファンの一部が次々と車道に飛び出し、通行車両の前に立ちはだかる光景も見られた。ネットに投稿された動画には「うるせぇー!」「早く行けー!」といった怒声が飛び交い、クラクションに逆上するような場面も確認できる。中には勝手に交通誘導を始める者まで現れ、現場の混乱がさらに高まった。
騒動は深夜にもかかわらず近隣住民を巻き込み、「まさかこの時間にこんな人出があるとは」「叫ぶのは本当に迷惑」と、困惑と憤りの声が上がっている。目撃者の一人は「写真がうまく撮れたのか、歓声や叫び声がどんどん大きくなっていた。あれでは警察が来るのも当然」と話す。実際に通報を受けた警察官が現場に出動する事態に発展し、鉄道ファンのモラルが改めて問われる結果となった。
もちろん、すべての撮り鉄が迷惑行為に及んでいるわけではない。撮影ルールを守り、周囲にも配慮して行動するファンも多い。しかし、今回のように一部の過激な行動が可視化され、ネット上で拡散されることで、鉄道ファン全体の印象が損なわれてしまっているのは否めない。SNSでは「もうただの暴徒」「ファンではなく迷惑集団」といった厳しい声もあがり、一般の視線も日に日に冷ややかになっている。
このような混乱を防ぐには、鉄道会社と警察の連携が欠かせない。注目車両の動きが事前にファンの間で共有されることは避けがたい以上、パトロールや警備態勢を強化する必要がある。また、現場の騒動が「バズる」ことでさらに人が集まる構造にも目を向けるべきで、ファン自身にも冷静さと節度ある行動が強く求められている。
レアな車両を記録に残したいという情熱は否定されるものではない。しかし、その1枚が誰かの不安や迷惑と引き換えになるようでは本末転倒だ。撮り鉄の存在が鉄道の魅力を高めるのではなく、傷つけるものとなってしまえば、それはもはや「ファン」ではない。真夜中の怒号とクラクションが突きつけたのは、そんな厳しい現実だった。
(ケン高田)