この書名を見ると、わたしたち年配の者は、奥村チヨのヒット曲「終着駅」を思い出すはずだ。北の冬の駅に着く最終列車風景を描く物哀しい歌だ。あれから半世紀以上経ち「停車場」が死語になりつつあり、様変わりも著しい。
本書に描かれる青森もそうだ。青函連絡船廃止、北海道新幹線開通と淋しくなる一方の県庁所在地駅の風情が、駅周辺の町の様子とともに描かれる。単なる鉄道マニアではない著者は、鉄道路線だけでなく、沿線の町歩きにも熱意を注ぐ。これは駅とその属する町の物語なのだ。
タイトルに「ナゾの」と付くのは、普通の乗客であるわれわれ読者には、幹線の賑やかなターミナルと違い、そうした終着駅は生涯訪ねることのない場所であることがほとんどだからだ。むしろ、北の駅は地名を知られている部類であり、目次には馴染みのない駅名が並ぶ。
ただ、首都圏や関西圏の繁忙路線となると、実は行き先表示で日常的に目にしている。東京から西へ向かう中央線の「大月」行き、東に向かう「上総一ノ宮」行きは酔って最終を乗り過ごし泊まる羽目になった失敗談の舞台として名高い。昼間は前者が富士登山の玄関口、後者はサーフィンの本場とは知らなかった。
わたしがよく使う上野東京ライン、湘南新宿ラインの「籠原」行きや、都営新宿線が京王線に乗り入れする「橋本」行きの終点の町も「へえー、こんなところだったの!」と驚く。
関西だと、新大阪駅と中心部を結ぶ、大阪メトロ御堂筋線の「千里中央」は、現在開会中である大阪万博の原点である「EXPO’70(日本万国博覧会)」の玄関口だった、という。
都市部の終着駅が必ずしも乗降客が多いと限らないのは、小さな町でも背後に車両基地を抱えている事情が関係する。大阪から京都へ向かう新快速の行き先、滋賀県「野洲」にある車両基地では、その一角で自動運転バスの走行実験が行われているそうだ。名古屋から西へ行く、関西本線快速の「亀山」は、大車両基地を有した鉄道の要衝から、いくつもの高速道路が交わる自動車交通で賑わうという。そうした時代の変遷も面白い。
途中のコラムでは、東海道新幹線のナゾの駅である「三河安城」「岐阜羽島」が取り上げられたり、現在は、鉄道がない淡路島や沖縄にも昔は終着駅があった話が披露されたりして、こちらも興味深い。また、延伸された北陸新幹線の新しい終点「敦賀」は、113年前にはウラジオストクへの航路の起点だった。東京からの列車とシベリア鉄道を船で結び、ヨーロッパまで1枚の切符で行ける「欧亜国際連絡列車」があったというのにも驚く。
ナゾの数々を楽しめるユニークな鉄道本だ。
《「ナゾの終着駅」鼠入昌史・著/1045円(文春新書)》
寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。